企業は2023年の輸入物価下落を“還元”せず、日本版スタグフレーションの実相

1~3月期実質GDP、年率1.8%マイナス成長

物価は上昇、家計消費は4四半期連続減少

 6月10日公表された2024年1~3月期のGDP(国内総生産)2次速報によれば、実質GDPは季節調整済み対前期比が年率でマイナス1.8%だった。

 昨年7~9月期以来の再びのマイナス成長で、家計消費や住宅投資、設備投資などはデフレーターが上昇し、実質支出の伸びがマイナスになった。家計消費は4四半期連続のマイナス成長だ。

 内需で増加しているのは、公共投資、政府最終消費など政策的に決められる支出と在庫投資だ。在庫投資の増加とは、要するに「売れ残りが増えている」ということだから、この増加率が高いのは、他の需要の落ち込みを表わしている。

 つまり、値上がりに対して、購入者が”No“を突き付けているわけだ。物価が上がる一方で経済が停滞するのだから、これは文字どおりのスタグフレーションだ。日本経済はコロナ禍による落ち込みからは回復したが、そこで止まってしまって、停滞を続けていることになる。

 だが一方で大企業の経常利益は増大し記録的な高水準だ。この歪みの原因は何なのか。

4月で実質賃金は25カ月連続下落

大企業の粗利益は3年で3兆円増加

 家計消費が減っているのは、家計の実質所得が減少しているからだ。これは賃金があまり上がらない一方で物価が上昇するからだ。

 4月の毎月勤労統計調査(速報)によると、実質賃金は前年同月比で0.7%減となり、過去最長を更新する25カ月連続減となった。4月の実質賃金の値は、比較可能な1991年以降の最低値だ。

 だが他方で、企業利益が増大していることが、法人企業統計調査によって確認できる。大企業の経常利益は、記録的な高水準になっている(金融機関を含まず)。需要が落ち込んでいる中で、大企業の利益だけが膨らんでいるのだ。

 なぜこのようなことが起こっているかを明らかにし、対処することが、いまの日本経済にとって重要な課題だ。

 まず注意すべきは、経常利益が増えているのは、大企業(資本金10億円以上の企業)であることだ。零細中小企業(資本金1000万円以上1億円未満)ではほとんど増えていない。

 大企業で経常利益が増えたのは、粗利益(売上げ-原価)が増えたからだ。2021年1 ~3月期から24年1~3月期の間に、大企業の粗利益は約3兆円、増加した。

 粗利益は人件費と利益に分配されるが、人件費をほとんど増やさなかったために、経常利益が増加したのだ。

23年ごろから輸入価格は下落

企業は下落を消費者に還元しなかった

 では、なぜ粗利益が増えたのか?それは23年頃からの輸入価格の下落分を企業が販売価格の引き下げに還元しなかったからだ。

 具体的には次の通りだ。

 円ベースの輸入物価は21年、22年と上昇を続けたが、22年の10月にピークになり、23年の中頃まで下落した。

 この結果、日本全体の輸出・輸入が、図表1に示すように変化した。

 21年までは、輸出の変動に合わせて大企業の粗利益が変動していた。粗利益の増減額は輸出の増減額にほぼ等しかった。これは、次の仮説が正しい(正確に言えば棄却されない)ことを示している。

(1)輸出はほぼ大企業が行なっている。

(2)輸入価格の変動は大企業の販売価格に転嫁されるので、輸入額の増減は、大企業の粗利益に影響を与えない。

(3)大企業の粗利益は、輸出額の増減とほぼ同額だけ増減する。

 そして上記の3点は、なぜ大企業が円安を望むのかを説明している。

 まず円安になると、円建ての輸入価格が上昇するが、粗利益には影響が及ばない。一方、円安になると円建ての輸出額が増大する。このため(3)によって粗利益が増大するのだ。

 このことは図表1でも明らかだ。2021年から輸入が大きく増えたが、大企業の粗利益はあまり減らなかった。これは上記の(2)によって、大企業が輸入価格上昇を転嫁したからだ。

 ところが、23年1~3月期から状況がそれまでとは変化した。世界的インフレの沈静化と、円安が一時的に収まって円高が進んだことによって、輸入額が減少したのだ。また、輸出額も減少した。

 輸出額の減少は、上記の(3)によって大企業の売り上げを同額だけ減少させるから、大企業の粗利益を同額だけ減少させる。

 重要なのは、輸入価格下落に対する大企業の対応だ。

 大企業は、輸入物価が上昇したときにはそれを販売価格に転嫁して、粗利益が変わらないようにしてきた。輸入価格下落時にもこれと同じ行動をとったのであれば、輸入額の減少に対応するだけ販売価格を引き下げ、粗利益は一定に保たれたはずだ。

 しかし実際には、大企業はそのような行動を取らなかった。つまり、原材料価格の低下分を販売価格の引き下げに還元しなかったのだ。これによって大企業の粗利益は増大した。

 輸入価格の低下を販売価格に還元しないので、原価の低下分だけ粗利益が増加する。結局、輸入減少額-輸出減少額だけ、大企業の粗利益が膨らむことになる。

 こうして、輸入価格の下落にもかかわらず、粗利はむしろ増加した。つまり、これまでとは異なる事態が発生したことになる。

国際収支統計と法人企業統計で

「利益増のメカニズム」裏付け

 数字で示すと次の通りだ。

 22年10~12月期と23年4~6月期とを比較すると、輸入は6兆1844億円減った。一方で粗利益は3兆7061億円増えた。

 また、輸出が2兆6621億円減った。輸出入差額の変化マイナス3兆5223億円は、ほぼ粗利益の変化に等しい。

 繰り返せば、次の仮説が正しい(正確に言えば棄却できない)ことになる。

(1)22年10~12月期と23年4~6月期の間に、世界的インフレの沈静化と円安の進行停止(ないしは一時的な円高の進行)によって、円建ての輸入価格が低下し、輸入額が大きく減った。

 もし企業が、輸入価格低下分を販売価格低下に還元したなら、粗利益は変わらなかったはずだ。しかし、そうしたことを行なわなかったので、大企業の粗利益が輸入額減少分6兆1844億円だけ増えた。

(2)他方で、輸出額は2兆6621億円減った。輸出は企業の売り上げの一部なので、売上高が2兆6621億円減少し、粗利益が2兆6621億円減った。

(3)上記の(1)と(2)により、企業の粗利益が3兆5223億円だけ増えた。これは実際の増加額 3兆7061億円とほぼ等しい。

 国際収支統計と法人企業統計調査という性格の異なるデータ系列を関連付けて、以上のように重要な結論が得られたのは、驚くべきことだ。

強欲資本主義に対する対策は?

企業に消費者還元迫る圧力高めよ

 ヨーロッパでは、企業がインフレに乗じて過剰な値上げを行い、利益を増大させたことが「強欲資本主義」だとして批判された。日本の場合も、形態は違うが価格変動を利用して、企業が利益を増大させたことは同じだ。

 こうした状況下で、いかなる経済政策が必要か?

 本来、必要なのは、以上のメカニズムで増えた法人所得を、臨時の特別法人税で吸収し、それを消費者に還元することだ。

 だが、こうした政策は現実の世界では極めて難しい。現在の政権がこうしたことをできるとは、とても思えない。

 したがって重要なことは、大企業が、輸出入価格が変動する状況で消費者の負担によって利益を増大させているという認識を広げることだ。そうした見方が広がれば、企業に利益の還元を求める世論や圧力が高まるだろう。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

2024-06-28T22:01:23Z dg43tfdfdgfd